前回「俺の温泉同好会 温泉・銭湯のススメ」(福島県新地町 鹿狼の湯編)の続きとなる。
(https://road-trip-tohoku.com/2026/08/23/karosan-no-yu-shinchi/)
風呂上がりの渇望、暮れゆく相馬へ
疲れた体が温泉で癒される。
サウナに入り、高台からいい景色を眺めてリフレッシュは完了した。
だが、温泉やサウナから上がると、どうにも猛烈に腹が減る。ガッツリいきたい。なにしろビールも飲みたい。
幸い今日は嫁がいる。甘えて悪いが、帰りは運転してもらおう。
即座に近場のとんかつ屋を思い出し、車を走らせた。
鹿狼山を下りると、辺りは日が落ちてすっかり暗くなっていた。
目指したのは相馬の「欣泉(きんせん)」。
とんかつとうどんが旨い店だ。
とんかつという「和製洋食」の足跡
車に揺られながら考える。
“とんかつ”。それは何と魅力的な言葉だろう。
豚のカツ、カツレツ。
かつて洋食“カツレツ”として日本に持ち込まれた料理の歴史を反芻してみる。
原型はフランス料理の「コートレット(côtelette)」だった。薄切りの仔牛肉に細かいパン粉をまぶし、バターを敷いたフライパンで焼き上げる料理。だが、当時の日本人にはそのバターの油っぽさが胃に重かった。
これを明治28年(1895年)、銀座「煉瓦亭」が天ぷらの技法を応用して大量の油で揚げる(ディープフライ)手法へと切り替え、豚肉を使い、千切りキャベツを添えた。さらに昭和4年(1929年)、上野「ポンチ軒」の島田信二郎が厚切りの豚肉をじっくり揚げ、箸で食べられるよう切り分け、ご飯と味噌汁と漬物を添える「とんかつ定食」の形を完成させたという。
西洋の肉料理を、天ぷらの揚げ技、米に合うソース、そして箸の文化で受け止めて和食へと昇華させた足跡。
その文化の結節点のようなものを、風呂上がりの胃袋が今まさに求めている。
欣泉の夜、自然に動く常連の手

移動距離10分。
国道6号線沿いの欣泉に到着した。バイパスができてからここを通る機会はだいぶ減っていたが、久しぶりの旧道通過だ。
駐車場には先客の車が4台。相変わらず佇まいが渋い。
暖簾をくぐると、店内には先客が5組。残っていたテーブル席を探して腰を下ろす。
「とりあえず生ビールね」
「私はノンアル」
厨房もホールも忙しそうだ。
おそらく我々も含めて、一気にお客が入ったのだろう。飲食をやっているとよくわかるこの独特の空気。
まあ、バタバタするよね。心の中で「ゆっくりでいいよ」とつぶやく。
しばらくして、ありがたい生ビールがやってきた。ノンアルも揃う。
「かんぱーい」
「今日はがんばったねー」
「汗かいたー」
「ご注文いいですかー?」と声がかかる。
「わたし辛みちゃんぽんうどん」
「あと、おでんね」
「じゃ、おれはとりあえず冷奴ね」
「それに唐揚げ、それと生ビールお代わり」
「あぁ、あとギョウザ」
実はこの二人、結構な大食いだ。

「レモンハイくださーい」
引き戸が開き、「いらっしゃいませー」と店員さんの声。
地元客らしきおばちゃんが入ってきた。
「どうもねー、お土産頼んでたの、できたー?」
テイクアウトを受け取りに来たようだ。
「はーい、ちょっと待ってくださいネ〜」
その声を聞いたおばちゃんは、手が回らず器が置かれたままになっていた空きテーブルを見るや、自然な手つきで下げ膳を始めた。
客が店の片づけを手伝っている。田舎らしいというか、この土地の呼吸というか、実に日本人らしい風景だ。
店には間髪入れず、新規の客がどんどん入ってくる。 平日だというのに満席だ。
胃袋の笛と、溢れるロースかつ

テーブルにギョウザ、冷奴、唐揚げ、辛みちゃんぽんうどんが並ぶ。
「美味しー!」
「この柔らかいソフトな衣もいいね、唐揚げ」
「すいませーん、お酒頂戴、冷ね」
「それとー、ロースかつ定食。あとエビフライ単品ね」

胃袋に笛が鳴った。食うぞ、飲むぞと。
五十をとうに過ぎたが、未だに食欲は衰えない。何だろう、この店の空気がそうさせたのか、今日の体がそうさせたのか。
届いたロースカツはジューシーで芳香がある。柔らかい肉を噛み締める。
うまい。肩ロースだろうか。飯が進む。合わせる酒も旨い。
エビフライもサクサクの衣を纏ったものが3本、タルタルソースが嬉しい。
とにかくガツガツと食った。すべてを堪能した。
周りを見れば、サーファー風の若者3人組、家族連れ、若いカップル。客足は途切れない。
二人で満腹、満足。トノサマガエルのようにひっくり返りそうな腹を押さえながら、助手席に乗り込んだ。
今日という時間と、手を動かし続ける店に感謝して帰路についた。
【俺のとんかつファイトクラブ vol.1】翌日、止まらない「とんかつ脳」

翌日。
流石に朝飯は食えなかった。昼頃まで体を休めてダラダラと過ごす。
ところが、だ。
昨夜から私の「とんかつ脳」はどうやら起動したままになっていたらしい。
「そろそろ腹減ったな」
嫁に「飯食いに行こう」と声をかけたが、あっさり断られた。だが、火のついたとんかつ脳はそんなことでは止まらない。ここからが、私の「とんかつファイトクラブ」の幕開けだ。
さて、行くか。今日はあそこだ。
福島県梁川町(現・伊達市梁川町)「食堂よしかわ」。
特大とんかつが名物の店だ。去年挑戦してあえなくギブアップし、残りをパックに詰めてお土産にして持ち帰った因縁がある。
阿武隈川沿い、生まれ変わった国道349号線
車を出し、国道349号を南へ登る。
角田市を過ぎ、丸森町から梁川へ抜ける阿武隈川沿いのルート。
難工事を経ていくつもの新しいトンネルが開通し、かつてとは見違えるような道になった。
以前の旧道は、川の蛇行に沿ってグニャグニャと曲がりくねる道だった。あれはあれで味があってよかったが、往来は大変だった。すれ違う車同士がだいぶ気を使い、時にはバックして道を譲り合った。大型の台風が来れば何度も冠水した。そんな難所だった。
あのバイパス復旧工事にはずいぶんな人工(にんく)が動いていたようで、角田のウチの店にも現場監督さんたちが通ってくれ、ずいぶんと恩恵をいただいたものだ。現場が別の土地に移った今でも、遠くから泊りがけで店に顔を出してくれる監督さんがいる。有難いことだと思う。
新しくなった349号を抜けて梁川へ。
伊達市、と呼ぶべきなのだろうが、どうも自分には旧町名の「梁川」がしっくりくる。年のせいかもしれない。
阿武隈川の流れと、並走する阿武隈急行の線路を眺めながら川を渡り、程なくして「食堂よしかわ」に着いた。
敗北の特カツカレー
店の前に着くや否や、車の中から見えた。すでに人が並んでいる。
「おっと、駐車場満杯か!」
目の前の駐車場は満杯で、向かいの第二駐車場に車を入れた。
車を降りると、遠くの山並みと実りつつある田んぼの稲穂が目に入ったが、空腹の頭には入ってこない。「そんなの関係ねぇ」とばかりに列の最後尾へ並んだ。
前にいた神奈川から来たという親子連れと少し言葉を交わしながら待つ。程なくして声がかかり、店に入った。
席に着くまでは、去年撃沈した「特大カツ定食(1700円)」にリベンジする気満々で鼻息を荒くしていたのだ。
ところが、入口近くのテーブル席の客が食べていた「特カツカレー」が視界に飛び込んできた瞬間、目先が完全に変わってしまった。
「すいません、特カツカレーお願いします」
自分で注文しておきながら苦笑いした。あまりにもその一皿が力強く、美味そうだったのだ。負けた。その昔「貧しさに負けた」という歌があったが、完全にビジュアルに負けた。カツカレーに負けた。
店内は満員で、人の出入りが途切れない。しばらく待つ。
「お待たせしてすいません〜、特カツカレーです! ハイどうぞー!」

目の前に置かれた皿を見て息を呑む。
さっきの客が食べていたやつだ。何とミーハーなことかと思うが、いいのだ、今日はこれだ。
しかし、でかい。こんなカツカレーは初めてだ。カツは両手の手のひらを広げたほどある。その上からカレーがどっぱりとかかっている。この大きさを伝えるにはタバコの箱でも置かないと写真では伝わらないかもしれないが、そんなことはどうでもいい。腹が減った。
一口目、カレールーのかかったとんかつにかぶりつく。
うめぇ……。
カツ、カレー、カツ、カレーとスプーンが止まらない。
これぞ「とんかつファイトクラブ」だ。なかなかの量だったが、一心不乱に胃袋に収めた。腹パンパン。
この上の特大定食にしなくて本当によかった。
国道沿いの看板と、秋を待つ川ガニ

満腹を抱えて駐車場に戻ると、さっきは気にも留めなかった景色が静かに広がっていた。
空も、山も、田畑も美しい。遠くに見えるのは国見町の山々だろうか。
車を出しながら、ふと思い出したものがあった。
この梁川には、手作りの「かに味噌」を作って売っている魚屋がある。阿武隈川の天然の川ガニ(モクズガニ)を原料に作る、この地方の郷土料理だ。地元の呑兵衛の先輩方から「酒飲みにはたまらない逸品だ」とよく聞かされ、私も大好物の味。
酒のあてに買って帰ろうと、国道349号を川沿いに戻る途中で立ち寄ることにした。

見えてきた。「やながわ名物 かに味噌 目黒魚店」の看板。国道沿いだ。
車を止め、引き戸をガラガラと開ける。
「こんにちは〜」
「はーい、いらっしゃい」
店番のおばあちゃんが出てきてくれた。
「カニ味噌くださーい」
「あら、今ないよ」
「えっ」
「川がにはね、9月末ごろから獲れるんだよ。だから今時期はまだないんです」
「あらぁ……残念」
「じゃ、またその頃来ますね〜」
「はーい」
空振りだった。
だが、正直がっかりはしなかった。
川ガニが川を落ちてくるのは彼岸を過ぎてから。自然のリズムに合わせて作られるものなのだから、今の時期にないのは至極当然のことなのだ。
これで、またこの道を通る理由ができた。
秋が深まった頃に、もう一度349号線を走りに来よう。
川沿いの新しいアスファルトを踏みしめながら、角田への道を戻った。
文 編集部 小林


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