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猪苗代湖畔、水面を滑り、時の底をのぞく(第2篇)

水面を這い、安積疏水の水門を潜る

国道115号線が終わり、49号線へ突き当たると、一気に観光地独特のざわめきが増す。 沿道には馬刺しの看板、土産物店、地ビール園、そして野口英世記念館。大型バスの影を越し、はくちょう丸とかめ丸が停泊する観光桟橋を横目に、私たちは湖畔の約4分の1をなぞるように車を走らせた。

目指すのは「小石ヶ浜」だ。

受付で係のおじさんに利用料を払い、浜へと入場する。綺麗な砂浜と松林が広がる、キャンプ場を兼ねたビーチだ。

日本の海岸や大きな河川の多くは国や自治体が管理する公有地であり、個人の事業者が勝手にフェンスを立てて「入場料」を取るような使い方は原則として認められていない。しかし、ここ猪苗代湖では、水際ギリギリまで「私有地(地番)」として登記された土地が点在している。

明治期以降の治水・測量の歴史のなかで、海や川ほど一括買い上げがなされなかった湖特有の背景によるものだという。地主や地元の組合がアクセス路や設備を維持管理し、私たちは利用料を払ってその「敷地」を通らせてもらう。まるでプライベートビーチのようなこの絶妙な立地感の背景には、そうした土地所有の独特なグラデーションが潜んでいる。

車を砂浜のすぐ手前、松林の木陰に横付けできるのが何よりありがたい。 正午過ぎ、太陽は頭上真ん前にあり、気温は33度を超えていた。ミンミンゼミとアブラゼミの声が降り注ぐなか、手早く陣地を整え、車のルーフからSUPボードを降ろして湖面に浮かべる。

接岸部から水辺まではわずか10メートルほど。その奥にすぐ松林の濃い影が落ちている。カンカン照りの砂浜に居続ける必要がないのは、体力の消耗を防ぐうえで大きな救いだ。

湖面の向こうには、淡い青に霞む磐梯山と翁島が浮かんでいる。 まずは火照った体を冷ますため、水へダイブする。さらりとした淡水の感触が、肌の熱を一瞬で奪っていく。

「息子よ、行くぞ」

出艇の合図を出す。去年SUPを覚えたばかりの息子だが、パドルを捌く手つきはすっかり頼もしくなった。

まずは南へ向かい、隣の「ピクニック湖畔」を目指す。小さな岬を回り込むと、数本の松が水辺に腰を下ろしたような、昔話の挿絵に出てきそうな静かな浜が現れた。パドルを止め、ボードの上に座り込んで景色を眺める。

「いいねぇ」

「いいですねぇ」

余計な言葉はいらない。互いにただ、その一言だけを水面に落とした。

「金の橋」の向こうにある静寂

ボードの向きをくるりと180度転換し、今度は北の翁島方面へ向けて漕ぎ出す。

浜沿いには戻らず、湖面をまっすぐに切って沖へ出た。正面から吹きつけるわずかな向かい風に抗いながら、ひたすらパドルを水に突き刺す。往路の目印は、湖面をまたぐ国道49号線の「金の橋」だ。

沖を進むにつれ、西側の山と林が風を遮り、水面はみるみるうちに鏡面へと姿を変えていった。周囲の松林と夏の空が、油絵のように湖面に映り込む。

程なくして、重厚な構造の「金の橋」の下に辿り着いた。 この橋の下を流れるのは「日橋川(にっぱしがわ)」。無数の流入河川を持つ猪苗代湖において、水が湖の外へと逃げていく「唯一の流出口」だ。

橋を潜り抜けると、周囲の空気が一変した。

両岸から押し寄せる樹木の枝が水面を覆い、さながら密林の水道のようだ。水流もなく、風も止み、世界から音が消える。100メートルほど進むと、開けた水域の真ん中に、半分水没した樹木と、朽ち果てて沈みかけた一隻の旧式モーターボートが佇んでいた。

その奥に、レトロな石造りの門柱が見えた。

門柱には 「安積疏水 十六橋水門」の表記——。

あとで調べたのだが、明治初期にオランダ人技師ファン・ドールンらの手で基礎が築かれ、大正期に現在の姿へと改修された安積疏水の心臓部の様だ。会津側への水量を保ちつつ、奥羽山脈にトンネルを掘って東側の郡山(安積原野)へ湖水を送るため、この日橋川の川底を掘り下げて湖全体の水位をコントロールする「ダム」として機能させた場所であるという。

陸上から見学者はいるだろうが、猪苗代湖の水がまさに「川」へと変わる境界線を、SUPで下から見上げる者はそうは多くはないはずだ。

帰り際、金の橋の手前で小さな袋小路のような入江を見つけた。 頭を低くし、水面に垂れ下がる木々の枝をかわしながら静かに奥へ進むと、そこには半ば苔むした古いコンクリートの構造物がひっそりと鎮座していた。かつての橋脚か、初期の水門の跡か。 空気が止まっている。

「なんだろうね、これ……」

「かなり古いものですね」

誰に見せるためでもなく、時代の波に置去りにされた産業遺産の残骸。水上という極めて私的な視点だからこそ出会える、土地の「歪み」のような景色だった。

金の橋を潜り直し、再び広い湖面へと躍り出る。 帰路は心地よい追い風だ。西に傾いた太陽が、水面に黄金色の光の筋をどこまでも伸ばしている。遠くで鳴くセミの声を聞きながら、小石ヶ浜までひたすら漕ぎ続けた。

往復約7キロ。 陸の上では決して測ることのできない猪苗代の記憶が、掌のパドルを通じてしっかりと身体に刻まれた。

文:東北ROUTE66 編集部

(第3篇「バブルの遺構、朝靄のレイクビュー」へ続く)

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