シリーズ「俺の温泉同好会・温泉・銭湯のススメ」vol.4
八月盆過ぎ、夕暮れの鉱泉へ
八月の盆を過ぎた頃、ヒグラシの声がひびく夕暮れ時。 福島県新地町、標高430メートルの鹿狼山(かろうさん)登山口にある山小屋旅館「鹿狼の湯」へ向かった。

一日中たっぷりと汗をかいた日だった。体中にまとわりつく熱と疲れを洗い流すため、車を走らせて山を上がる。
鹿狼山は、日本で一番早い山開きを行う山として知られ、元旦には太平洋からの初日の出を拝む人々が集まる。また「みちのく潮風トレイル」のルート上にも位置し、気軽に登れる山として日曜日などは登山帰りの入湯客で賑わう場所だ。
見慣れた番台で入湯料を支払い、暖簾をくぐる。 先客は二人。初老の男性と、筋肉の引き締まった働き盛りの四十代。どちらもこの土地で暮らす常連だろう。
体を洗い、湯舟に身を沈める。 鹿狼山の鉱泉は柔らかく、こわばった筋膜の奥までじわりとほどけていくのがわかる。
明治八年(1875年)、農家や漁師が身体を休める湯治宿として始まったこの湯は、2012年に現在の小高い山の上へと場所を移し、装いを新たにしたという。土地の人々の体を癒し続けてきた歴史の厚みが、湯の肌あたりに残っている。

湧き水と、暮れゆく太平洋のパノラマ
内湯には二つの湯舟と、サウナ、水風呂がある。 息を整えてから、サウナ室の扉を開けた。
先客は一人。見晴らしの良い窓際の席に腰を下ろす。 じわり、じわりと毛穴が開き、やがて滝のように汗が流れ出す。限界まで熱を抱え込み、扉を出て水風呂へ。
鹿狼山の湧き水を引き入れた水風呂が、火照った皮膚をまっすぐに引き締めてくれる。これ以上の仕上げはない。
そのまま露天風呂エリアへ向かう。ここが「鹿狼の湯」の一番の場所だ。 眼前には、新地から相馬平野、そして太平洋へと広がるパノラマビュー。 置かれた椅子に深く腰掛け、風を受ける。
ヒグラシのカナカナという鳴き声と、ゆっくりと流れる夕暮れの時間。 西日に照らされた茜色の雲が、海へ向かって静かに流れていく。
巨人の手と、白い狼の記憶
ぼんやりと空を眺めていると、新地町に伝わる民話が頭をよぎった。
むかし、この地にいたという「手長明神」。 鹿狼山にどっかりと腰をかけ、数キロメートル先にある「釣師浜(つるしはま)」の海まで長ーい手を伸ばしては、アサリや貝をすくい上げて食べていたという巨人だ。
手長明神は「白い鹿」と「白い狼」を連れ、村人の暮らしと海の安全を見守っていたと伝えられる。その白鹿と白狼が、いま背負っている「鹿狼山」という山名の由来になった。
染まりゆく空の稜線を見上げていると、雲の合間から本当に手長明神の大きな手が伸びてきそうな気配がした。
露天の大石をくり抜いた湯舟に、もう一度身を沈める。 柔らかな鉱泉が、再び全身を包み込む。 眼下の相馬平野には、ぽつり、ぽつりと夜の明かりが灯り始めていた。
仕上げにもう一度内湯に浸かり、湯を上がった。 体の芯までほどけた。

さて、飯でも行くか。
次回予告: (仮題)サウナ・温泉上がり飯
シリーズ「俺のとんかつファイトクラブ」vol.1 に続く。
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