国道287号、車窓を流れる赤い看板と「?」
それは、山形・白鷹の鮎茶屋へと向かう道中のことだった。
国道287号線を北上し、長井市の市街地を抜けていく。車窓の向こうには、真っ白な花を咲かせた一面の蕎麦畑と、黄金色に頭を垂れる稲穂の絨毯が広がっている。初秋の街道を流れる穏やかな家並みや商店の連なり。
その時、手製らしき赤い看板が不意に視界へ飛び込んできた。
赤い地に、白いペンキの文字。
「おもちゃと? のしぶや」
「ん?!……見たか、今の?」
「うん、見た! なにあれ、モヤモヤする~」
「なんでおもちゃの間に『?』なんだ??」
「こっちがハテナだよね~」
助手席で妻がニヤニヤしながら笑う。
「おもちゃ屋だって。珍しいねぇ」
「帰りに絶対寄ろう!」
「うん、面白そう!」
私の地元でも、かつて最盛期には5、6軒の個人経営のおもちゃ屋、さらには大手のおもちゃ屋もあった。だが時代の波とともに、それらはことごとくシャッターを下ろし、姿を消していった。
「おもちゃ屋さん」という言葉、なんと夢のある響きだろうか。
少年の頃、クリスマスの前に新聞折り込みに入ってくる分厚いおもちゃのチラシを、穴が開くほど眺めていた記憶がよみがえる。クリスマス広告で入念に目星をつけ、正月にもらったお年玉を握りしめて初売りに突撃し、仕留める。あの頃の自分は、間違いなく目をキラキラさせていたはずだ。
鮎茶屋からの帰り足、初秋の風を浴びながら、約束通りその「モヤモヤスポット」へと車を滑り込ませた。

ガラガラと開けた扉、テープで固められた「知恵の輪」
店の前に立ち、まず目に留まったのは、入口のガラス窓に貼られた一枚の張り紙だった。
『中高生の集団での入店を禁止します』
(……なんでだ?)
子どもたちや学生こそ、おもちゃ屋にとってマストのユーザーのはずだ。違和感を覚えながら、引き戸に手をかけた。
ガラガラ。
一歩足を踏み入れるや否や、視界を埋め尽くす圧倒的な物量に息を呑む。
店の奥から漂う気配に向けて声をかける。
「こんにちはー」
「はい、いらっしゃい」
出迎えてくれたのは、初老の店主だった。
静まり返った店内には、先客が一人。近所のおばちゃんがレジで会計を済ませているところだった。
抱えているのは、ずっしりと大きな箱。ジグソーパズルだ。
(おお……このおばちゃん、パズルやるんだ。なかなかの大作だな)
心の中でつぶやきながら、胸が高鳴るのを感じる。
プラモデル、モデルガン、フィギュア、ボードゲーム。天井近くまで所狭しと積み上がっている。

「うわー、懐かしい……」が口をついて連発する。
その間にも、高校生らしき2人組がガラガラと入ってきた。
通路を舐めるようにして2周ほど回り、いくつか候補に目星をつけた。
欲しいものはキリがない。棚の片隅で見つけた「家庭用そば打ち器・DVD付(そば打ち名人)」とずいぶん迷ったが、結局、手先の感覚を長く楽しめ、みんなで遊べる実用的なこいつに決めた。「知恵の輪」だ。
ところが、棚から取ろうとして手が止まる。
「あれ……知恵の輪の箱が取れないじゃん」
よく見れば、知恵の輪の箱同士が幅広のテープで何重にもガチガチに留められている。目的の箱を持ち上げようとしても、隣の箱もくっついてきて持ち上がらない。
なんだコリャ? と思いつつ、レジカウンターのご主人に声をかけた。
「ご主人、この知恵の輪が欲しいんだけど……」
「あぁハイハイ、ちょっと待ってけろな~」

手元のカッターナイフを持ち出し、手慣れた手つきでテープに刃を入れるご主人。
「これ……なんで合体してるんですか?」
「あぁこれな、ガキ共の万引き防止なんだよ。近頃は団体で来てやっちまうんだ。癖が悪くてな。団体でくっから、誰が誰だかわがんねぇんだもの」
「へぇ……そんなことがあるんですか。大変ですね……あぁ、それであの入口の張り紙なんですね」
「んだ」
あの不穏な張り紙の理由が、ここで一本の線につながった。地方の街道沿いに残る小さなおもちゃ屋の現場にも、そうした生々しい現実が影を落としている。
「今月いっぱいで閉めるんだ」——店主が最後にこぼした本音
切り離してもらった知恵の輪を受け取り、レジへ進む。
「はい、なんぼですか?」
「あ、そういえばご主人、表の看板がずっと気になっててさ。なんで『おもちゃ』のあとに『?(ハテナ)』が付いてるの?」
「あぁ、あれが。もともとここはリサイクルショップだったがらだよ。その後だがらだよ」
……ん?
リサイクルショップの、後、だから……?
まったく答えになっていない。疑問符ばかりが膨らむ私をよそに、ご主人は朴訥とした口調で話を続けた。
「俺は前はよ、もっと町の奥の方でやってたんだ。こごの2倍くらいある店だったんだけんどな……俺白鷹だがら」
「前はそっちでやってたんだ」
「あそう、私たち今ね白鷹の鮎茶屋に行って来たんだよ」
「ああ、来週祭りだべ?毎年行ってたんだ前はな…」
「あそう」
「あっちは子供も少なくなったがら、こっちに移ってきたんだ。ちょうどここに空きが出だがら」
「そうだったんですね」
「ところが、ここの大家も年でよ。もう間もなくだってんで、この建物にアスベストあるがら、自分が元気なうちに処分するって言うんだ」
「……あぁ、そうなんですか。大変だなぁ……」
なんだか最近よく聞く話だ。地主さんが亡くなったから土地をどうするとか。田畑をどうするとか。世相というものだろうか。
ご主人はレジのボタンを押し、顔を上げた。
「これ、10%引きしてっから……」
「え、なんで?安くしてくれるの?」
「いやぁ……今月いっぱいで閉めるんだよ」
「……えっ、マジで?」
「んだから」
「あらぁ……残念だなぁ……」
「んだ……」
「もったいないですよ、こんなにたくさん商品あって……」
「俺もやりでぇんだけんどな……どうにもならねぇんだ……」
「俺もやりでぇんだけんどな」。
訛りの奥にある無念さが、静かな店内に重く沈んでいく。時代の移り変わりや建物の寿命という抗えない現実の前に、ひとつの灯火が消えようとしていた。

両手で交わした握手と、解けない知恵の輪
財布から代金を出し、包んでもらった知恵の輪を受け取る。
「ご主人、今日はありがとう。安くしてもらって」
「いや、なんのなんの」
「俺、宮城から来てるから……きっとこの次に来た時には、もう会えないと思うんだ」
「……」
「だからご主人、元気でね。お体、気をつけて」
「これまでご苦労さんでした」
差し出されたご主人の手を、両手でしっかりと握りしめた。
初老の店主の掌の温もりが、じんわりと伝わってくる。
「最後に寄れてよかったよ。ありがとうね」
するとご主人は、少し視線を落とし、ポツリと本音をこぼした。
「……何だか、悲しくなって来たな……」
その一言に、胸の奥を強く掴まれた。
ふらりと現れた見ず知らずの客に、別れ際に見せてくれた飾らない素顔。長年この町で子どもたちに夢を売り、店を守り続けてきた人生の幕引きの重みが、その呟きにすべて凝縮されていた。
「……ありがとう」
「元気でね」
店を後にした。
ガラガラと戸が閉まる音が、背中で静かに響いた。
最後に来れてよかった。この瞬間に立ち会えて本当によかった。
その実感だけを、深く心に刻み込んだ。

……てか、結局看板の「?」の意味は解らないままだった。
リサイクルショップの名残なのか、それともご主人の照れ隠しなのか。
まぁ、いっか。それもまた、この街道の解けない知恵の輪のようなものだ。
車のアクセルを踏む。
バックミラーに映る赤い看板と、傾いた日差しに照らされた街並みがゆっくりと遠ざかっていった。
文:東北ROUTE66編集部 小林
注)「おもちゃと?のしぶや」さんは今月25日で閉店だそうです。


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