店で連日、鮎の炭火焼きを焼いているというのに、休みとなると「旬のものだ、食べに行こう」と思い立って車を走らせてしまった。我ながら滑稽なことだと思う。
晩夏の置賜盆地、最上川の簗場(やなば)へ
向かった先は、山形県白鷹町。 馬刺しを買いに幾度か足を運んだことのある町だが、これまでは素通りしていた最上川の簗場(やなば)へ、今度こそ寄ってみようと決めていた。
車窓の街道沿いには柳が揺れ、田の稲穂が深く頭を垂れている。その背後には白いそばの花が満開に咲き誇り、遠くの青い山並みの上を、白い雲がゆっくりと流れていく。晩夏の置賜盆地が秋へと移ろう、まさにその狭間の空気だった。

やな場に近づくと、遠くから炭火の匂いと、魚の焼ける香ばしい煙が鼻をかすめる。 白鷹のやな漁は、急流をなす最上川の地形を活かした古くからの仕掛けだ。川の中に木や竹ですのこを組み、産卵のために川を下る「落ち鮎」を追い込む日本古来の漁法。昭和の戦後、河川改修に伴って一度は町から姿を消したものの、1984年に200名ほどの地元有志が立ち上がり、民間主導でこの場所に常設のやな場を蘇らせたのだという。

民意が繋いだ伝統と、川辺の笑顔
来週には「第49回 白鷹鮎まつり」を控えているらしく、準備に追われるスタッフの姿が見えた。国道287号線沿いには、連休の渋滞を予告する看板が幾重にも立ち並んでいる。一万数千人もの人がここへ集まるという。
川岸に立つと、最上川の水がざわざわと音を立てて流れ、水面が陽の光を浴びて細かく跳ねていた。やなに打ち上げられる激しい水飛沫。川辺にはキャッキャと声をあげてはしゃぐ子どもと母親の笑顔があり、それを少し離れた場所から、祖父母がにこやかに眺めている。

行政のお仕着せではなく、民間有志の意志から始まったやな場。 途絶えかけた伝統をこうして繋ぎ止めているのは、制度ではなく、まぎれもない「民意」なのだと感じる。人が集まり、顔をほころばせる。その営みそのものが、この川に残り続けた理由なのだろう。
炭火の鮎と、川に残る記憶
じっくりと遠火で焼かれた鮎の皮の香ばしさと苦味を味わいながら、ふと、鮎獲りが上手かった親父のことを思い出す。
そういえば…近く親父の命日だ。
帰ったら、墓参りにでも行こうか。
川の音を聞きながら、そう思った。
文:東北ROUTE66編集部 小林







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