土湯を越え、蕎麦の香りと畳に大の字になる
間もなく海の日という頃、東北の盆地や沿岸を容赦ない熱波が覆った。アスファルトから立ちのぼる陽炎に眩暈を覚えながら、私たちは水と涼を求めて山を越えることにした。目的地は、猪苗代湖。
私たちの運営する宿「Guesthouse66」には、春・夏・秋と多くのライダーがやってくる。主に関東方面から北を目指す彼らにとって、南三陸や仙台へと抜ける手前のこの場所は、1日目の羽休めとして絶妙な位置にあるらしい。
「走って来たよ」
「これから寄るんだ」
そんな彼らが口を揃えて立ち寄り先として挙げるのが、福島県の「磐梯吾妻スカイライン」だ。
高湯温泉から土湯峠へと抜ける標高1,350メートルの山岳道路。火山ガスで草木も生えない浄土平の荒涼とした景色を駆け抜ける感覚は、どこかアメリカの「ROUTE66」やアリゾナの大地を彷彿とさせるものがある。だからこそ、同じ「ROUTE66」の名を冠する私たちにとっても、あの峠を越えて猪苗代へ抜けるルートには特別な親近感があるのだ。
相馬を起点とし、安達太良の山裾を縫うように走る国道115号線を西へ進む。山を下り、猪苗代町に入ってすぐのところで、私たちは決まってハンドルを折る。
「そば処 おおほり」だ。

130年の時を刻む柱と、こだわりの一杯
「おおほり」は、築130年ほどの古民家を移築・改装した店舗で営業している。吾妻の木地小屋集落からやってきた重厚な柱と梁は、どこか親戚の古い本家に上がらせてもらったかのような、あたたかな静けさを湛えている。
私がここを訪れるようになってから、もう随分と長い年月が経つ。
注文を済ませると、まず自家製のお漬物が小皿で運ばれてくる。田舎ならではのこのささやかなもてなしが、走り疲れた体にじんわりとありがたい。漬物をポリポリと噛み締めながら蕎麦を待つ時間は、急ぎ足になりがちな旅の体温を適度に下げてくれる。
頼むものはいつも決まって「天盛りそば」だ。
ここで出される蕎麦は、磐梯高原の自家圃場で農薬を使わずに育てた蕎麦の実を100%使い、湯だけで打った十割更級の細切りである。引き締まった蕎麦を手繰ると、繊細で上品な香りが鼻腔を抜ける。

そして何より圧巻なのは、ザルに天高く盛られた天ぷらだ。「おおほり」の凄みは、揚げ油にまで及ぶ。菜種油で、カラッと揚げるのだ。季節の山菜や地元の野菜が、香ばしい衣を纏って皿の上に躍っている。サクサクとした歯ごたえの奥から野の香りが溢れ出し、ボリューム満点でありながら、胃に重さが残らない。
2011年以前の畳の上の記憶
今の場所に移転する前、2011年より以前の「おおほり」は、同じ若宮地区の別の家屋にあった。
あの頃も変わらぬ人気店だったが、昼下がりの2時を回った頃に暖簾をくぐると、店内には他に客がおらず、店の子供であろうお子さんが畳の上で寝そべって学校の宿題を開いていた。かたわら首振りの扇風機が回っている。そんな、生活と店舗が地続きになったような、どこか大らかな景色がそこにはあった。
あの時の子どもも、今ではもう立派な大人になっているのだろうか。
開放的な広い座敷を見渡すと、縁側から大きなオニヤンマが1匹、すーっと入ってきては天井の太い梁のまわりを回っていた。外からは、ヒグラシのせわしない声と、夏を告げるセミたちの合唱が聞こえてくる。
昼食を終え、満腹になった腹を抱えて、私もまた畳の上にくたびれた座布団を枕にして大の字になった。
午前中、猪苗代湖の水面で太陽を全身に浴び、日焼けした肌がほのかに熱を持っている。大の字になると、天井の古材の木目がぼやけ、すぐに瞼が重くなった。
遠くで鳴くヒグラシの声を聞きながら、夕方まで静かに眠らせてもらった——そんな遠い昔の夏の記憶が、目の前の一杯の蕎麦と揚げたての天ぷらの香りの向こうに、ふっと蘇ってくる。
時代が変わり、建物が変わっても、ここには「変えてはならない時間の流れ」が確実に残っている。
お腹を満たし、少し落ち着いた私たちは、再び115号線へと車を走らせた。程なくして、目の前の視界がパッと開け、太陽の光を反射してキラキラと輝く猪苗代湖の水面が眼下に躍り出た。
国道115号線の終点、49号線との交差点。
いよいよ、湖の夏が始まる。
文:東北ROUTE66 編集部
(第2篇「水面を這い、安積疏水の水門を潜る」へ続く)


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