さて、火照った体を鎮めるべく、いわき湯本の名湯へ向かうとしよう。
いや、待てよ。湯へ向かう前に、腹がそれを許さないと言っている。ふと思い出したのは、以前いただいたこの地の「規格外」な手土産のことだ。脳裏をよぎったその名は、「白土屋菓子店」。昭和の時代から地元で愛され続けてきた、超巨大なジャンボシュークリーム。 「大きいことは良いことだ」という、あの時代のシンプルで力強い美学がそのまま形になったような逸品だ。私は迷うことなくハンドルを切った。

手にしたその重量感に、思わず頬が緩む。車中で白い粉をまき散らすのも構わず、無心に食らいつく。甘美なクリームと懐かしい生地の味わいが、旅の疲れを優しく上書きしていく。二人で食べれば笑顔が二つ、三人で食べれば三つ。この巨大な塊には、分かち合うことで膨らむ「幸せの美学」が秘められているのだ。

見た目のインパクトと、どこか切ないほどに懐かしい甘さ。その余韻に浸りながら、私は再び車を走らせた。次なる目的地は、いわき湯本の名湯「さはこの湯」。甘味で満たされた心身を、今度は極上の湯で整える番だ。

暖簾をくぐれば、そこには観光地の喧騒とは無縁の、地元の日常が息づいていた。使い込まれた藤の脱衣籠、風呂上がりに腰掛けるベンチ、そしてお決まりの牛乳瓶の自販機。そのどれもが、飾らない「生活の場」としての温もりを放っている。
湯船に浸かりながら、ふとある疑問が頭を離れなくなった。宮城県南に馴染みのある私にとって、「さはこ」という音は、飯坂温泉の「鯖湖(さばこ)湯」と分かちがたく結びついている。単なる偶然か、あるいは必然の繋がりか。調べてみると、そこには平安の世から続く意外な物語が隠されていた。
いわき湯本の「さはこの湯」と、飯坂の「鯖湖(さばこ)湯」。実はこの二つ、平安時代の歌聖・西行法師が詠んだ一首の和歌で繋がっているのだ。 いわき側は、古くからの地名である「三函(さはこ)」こそが本家であるという誇りを持つ。一方、飯坂側は西行がこの地を訪れた伝説にあやかり、「鯖湖」という漢字を当ててその名を残した。いわば「正統な地名」と「風流な愛称」という、1000年越しの歴史的コラボレーションなのである。
いわきは硫黄が香る「マイルドなさはこ」、飯坂は47度の熱湯が迎える「ワイルドなさばこ」。名前は似ていても性格は真逆。そんな歴史の悪戯に思いを馳せながら、再び深く湯に沈む。
ほんのりと硫黄が香る柔らかな湯が、凝り固まった思考を解きほぐしていく。ふと見渡せば、老若男女に混じり、背に立派な登り龍を背負った旦那衆の姿もちらほらと見受けられた。現代の整然とした施設では排除されがちなその光景も、ここでは昭和の銭湯が持っていた独特の寛容さと、様式美を伴う情緒として不思議と馴染んでいる。
湯気に煙る中、芸術的な龍の背中を見納め、私は火照った体のまま湯舟を後にした。福島の地が育んできた、嘘偽りのない庶民の社交場。その深い息遣いに触れ、私の心はまた一歩、昭和の深淵へと近づいた気がした。
だが、この街の「真の深淵」は、まだこの先にある。 私は、かつて「石炭の街」として隆盛を極めたいわきの原風景を求め、山あいの細道へと車を進めた。目指すは、個人が私財を投じて守り抜いているという「みろく沢炭砿資料館」だ。


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