今年は午年。
馬の話題といえば、東北ではこれを外すわけにはいかない。
福島県浜通り北部、相馬中村地区を中心に行われる
国指定・重要無形民俗文化財――
「相馬野馬追(そうまのまおい)」。
勇壮な騎馬武者四百有余。
「天下無比の豪華絢爛な時代絵巻」とは、まさにこのこと。
平将門を祖とする相馬藩主によって脈々と受け継がれ、
千年を超えて現代に続く、日本を代表する祭礼だ。
▶ 相馬野馬追公式サイト
https://soma-nomaoi.jp/
なお、令和8年は5月23日(土)・24日(日)・25日(月)開催予定。
相馬藩の氏神へ、縁起担ぎの参拝

ということで今回は縁起を担ぎ、
相馬藩主が氏神とした相馬中村城跡に鎮座する
相馬中村神社・相馬神社へ参拝してきた。
鳥居の脇には馬の石像。
石段の手摺にも馬の装飾。

――正しくTHE・相馬。
そういえば、相馬藩主といえば……
先日、友人が現代のご子息とある行事でご一緒したとか。
「へぇ、今も血筋が続いているんだ……」
歴史書の中だけの存在ではなく、
今も現代と地続きであることに、妙に感嘆した記憶がある。
この日のご縁と感謝を胸に、静かに手を合わせ、参拝を終えた。
相馬中村城跡を散策


城内を歩いていると、ふと目に留まったのが――
二宮尊徳像。

「……なぜ、ここに?」
二宮尊徳と、相馬の復興
二宮尊徳といえば、幼名・二宮金次郎。
かつて日本各地の小学校に必ずあった、
薪を背負って本を読む、あの像の人物だ。
実は私自身、数年前にご縁があり、
日光に眠る二宮尊徳のお墓に手を合わせたことがある。
だからこそ、どうしても気になった。
調べてみると――思わず立ち止まってしまった。
「ここにつながるのか」と、ひとり頷いている自分がいた。
江戸時代、天明の飢饉(1782年)。
※画像は江戸時代の飢饉を描いたイメージ。 天明の大飢饉では、相馬藩を含む東北一帯が深刻な食糧不足に陥った。
この地では餓死や疫病が蔓延し、
人口はおよそ3分の1にまで激減したという。
田畑は荒れ、村は疲弊。
コロナ禍どころの話ではない、まさに壊滅的状況。
そこで相馬藩が導入したのが、 二宮尊徳の「御仕法(尊徳仕法)」だった。
なぜ相馬藩は、この思想を選んだのか。 調べていくうちに、飢饉の現実がその背景に浮かび上がってきた。
尊徳仕法 ― 四つの柱
尊徳仕法とは、
独自の道徳思想に基づく農村・藩財政の復興政策。
- 至誠(しせい):まごころをもって物事にあたること
- 勤労(きんろう):働き、社会に役立つ成果を生み出すこと
- 分度(ぶんど):収入に応じた生活の限度を定めること
- 推譲(すいじょう):余剰を将来や社会、困っている人へ譲ること
この思想によって、荒廃した村々は見事に立て直された。
この精神は、今も生きている
しかも、この話は「昔話」では終わらない。
この御仕法の精神は、現在も相馬の地に静かに息づいている――
そう感じさせる場面が、震災後の復興の中に幾度もあったという。
単なる歴史的教えではなく、
未曾有の災害に立ち向かうための
「復興のフィロソフィー」として、今も生きているという。
「へぇ……」
「はぁ……」
感嘆が止まらないまま、
スマホを片手に相馬中村城跡を後にした。
ご縁試し、からの……
さて、有難いご縁にあやかって――
“ゲスな運試し”とばかりに、
年末に買っていた宝くじを、相馬市内で開票。
すると……
当選!!
合計10,600円。
ありがたや、ありがたや。
ご利益、ご利益。
じゃ、帰るつもりだったけど……
……じゃ、帰るつもりだったけど。
🍶 一杯、行くか。
黄昏時の相馬の街が、やけに綺麗だ。


まずはここ。

夢酒三四郎さん

店主が釣ってきた新鮮な地魚の刺身が名物。地酒飲み放題も◎

一本路地に入って、創業昭和33年のかつ吉さん


名物のとんかつは厚切りの銘柄豚。
相馬の夜は、舌鼓が鳴り続ける。
今日は、そんな街だった。
・関連リンク
東北を巡る旅人の拠点 GUESTHOUSE66





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