光のなかで語られたこと
一年前、僕たちのハウスにテレビカメラが入りました。
耕作放棄地を再生し、山菜をブランドに育てる若者たち。
「いつか100ヘクタールへ」という言葉は、きっと分かりやすい夢だったのだと思います。
地域おこし協力隊から始まった舟山の挑戦は、
右肩上がりの物語として映し出されました。
あのとき掲げた目標は、どれも本気でした。
「日本一の山菜伝道師」になること。
耕作面積を広げ、自給率に少しでも貢献すること。
けれど、放送が終わり、カメラが去り、
熱狂が静まったあとに残ったのは、
いつも通りの土と、数字と、天気でした。

異常気象という現実
昨年の猛暑は、はっきりとした転機でした。
タラの芽栽培は、畑で親木を育てるところから始まります。
夏を越え、12月に幹を刈り取り、水耕栽培へ。
その循環が前提です。
けれど、あまりの暑さに、
親木はすべての葉を落としました。
人間の想定とは関係なく、
植物は自ら命を守る判断をします。
成長を止め、静かに身を縮める。
あの光景は、
「挑戦」という言葉の軽さを、少しだけ思い知らせるものでした。

拡大を止めるという決断
栽培を始めて5年。
ようやく、感情ではなく数字が見えてきました。
掲げていた「100丁歩」という旗は、
今の僕たちが責任を持って品質を届けるためには、
あまりに大きすぎる。
拡大は正義ではない。
続けることのほうが、ずっと難しい。
だから舵を切りました。
拡大路線から、現状維持、そして必要なら縮小へ。
それは撤退ではありません。
農業を長く続けるための、現実的な選択です。
広げれば薄まるものもある。
届く範囲で守れるものもある。
今ある数丁歩の中で、
一本の枝にどこまで向き合えるか。
その密度を、選び直しました。

内畑の端から
「東北ROUTE66」は、
成功談を並べるための場所ではありません。
農業はメディアのためにあるのではない。
土との格闘、失敗、修正、そして再起。
その足音を、そのまま残す場所です。
今、ハウスに立つ舟山は、
以前より静かな顔をしています。
数を追う焦りが抜け、
芽そのものを見る時間が増えました。
拡大の夢は消えたわけではありません。
ただ、形を変えただけです。

もうすぐ、今年のタラの芽が届きます。
派手な物語はありません。
けれど、去年より確かな春です。
熱狂のあとに、
もう一度、土を噛む。
その味を、どうか楽しみにしていてください。
