fbpx

春キャベツのやさしさ

まもなく閉店という頃だった。

ガラリと戸が開き、入ってきたのは、少し崩れた派手なメイクの女。
この界隈の夜の店で働く子だ。

「おぅ。今日は早いじゃないか」

彼女の店は、うちよりずっと遅くまでやっている。
だから顔を出すのは、だいたい休みの日だ。

今日は、まだ夜の途中だった。

「大将……なんか、重くないやつ。温かいの、ある?」

バッグをカウンターに放り出すように置き、彼女は深く息を吐いた。

「新入りの子がさ、もう辞めるって」

グラスの水を一口飲み、視線を落とす。

「一生懸命教えたんだけど……私の言い方、キツかったのかな」

少し笑うような顔をしたが、そのまま鼻をすすった。

「イライラしちゃってさ。
誰かに当たるのも嫌だから、チーママに店任せて出てきちゃった」

私は何も言わず、コンロの火をつけた。

小さな雪平鍋を火にかける。
中で温まっていくのは、少し小ぶりのロールキャベツ。

淡い若草色。
春の葉の色だ。

「はい、おまち。春キャベツのロールキャベツ」

彼女が箸を入れると、ほとんど力もいらず、ふわりと割れた。

中の挽肉は、鶏肉と豆腐。
柔らかい葉が、それをやさしく包んでいる。

「……あ、甘い」

彼女は少し驚いた顔をした。

「春キャベツって、こんな優しかったっけ」

私はグラスを拭きながら言った。

「冬のキャベツはさ」

「自分を守るために、何枚も鎧を着てる」

彼女は黙って聞いている。

「でも春のやつは違う」

「これから芽を出す準備してるから、
最初から、ちょっと心がゆるいんだ」

鍋の湯気が、ふわりと上がる。

「包むのも楽なんだよ。
すぐ言うこと聞いてくれるから」

彼女はスープをすすった。

しばらく黙って食べていたが、ふっと顔を上げた。

「ねえ大将」

「明日さ……あの子に、これ食べさせてから話してみようかな」

少し考えるように言う。

「私が勝手にさ、
あの子に“硬い鎧”着せてただけかもしれないし」

私は肩をすくめた。

「いいんじゃないか」

「春キャベツのロールキャベツはな」

「少しくらい形が崩れてるほうが、
だいたい美味い」

彼女は、少しだけ笑った。

店を出たあと。

カウンターには、春の匂いが少し残っていた。

春キャベツは、
一生懸命「包む」必要はない。

ふわっと寄り添うだけでいい。

そうすると、自然と中身は落ち着く。

私は仕込みのためにキャベツを手に取る。

柔らかい緑の葉を、
一枚ずつ、静かに剥がしていった。

~春キャベツのロールキャベツ~

春キャベツは、外側からやさしく剥がします。

無理に引っ張ると破れるので、根元に軽く切れ目を入れてから、ゆっくり。

塩を少しきかせた湯で、さっと下茹で。

茎の太いところだけ、ほんの少し長めに。

中身は鶏ひき肉と豆腐。

玉ねぎは細かめに刻んで、粘りが出るまで手で混ぜます。

きれいに包もうとしなくていい。

春キャベツは、少しくらい崩れているほうが似合います。

鍋に並べ、静かに煮ること20分ほど。

ぐらぐらさせず、湯気が揺れるくらいの火加減で。

仕上げに胡椒を少し。

あとは、誰かの話を聞きながら食べるだけです。