
まもなく閉店という頃だった。
ガラリと戸が開き、入ってきたのは、少し崩れた派手なメイクの女。
この界隈の夜の店で働く子だ。
「おぅ。今日は早いじゃないか」
彼女の店は、うちよりずっと遅くまでやっている。
だから顔を出すのは、だいたい休みの日だ。
今日は、まだ夜の途中だった。
「大将……なんか、重くないやつ。温かいの、ある?」
バッグをカウンターに放り出すように置き、彼女は深く息を吐いた。
「新入りの子がさ、もう辞めるって」
グラスの水を一口飲み、視線を落とす。
「一生懸命教えたんだけど……私の言い方、キツかったのかな」
少し笑うような顔をしたが、そのまま鼻をすすった。
「イライラしちゃってさ。
誰かに当たるのも嫌だから、チーママに店任せて出てきちゃった」
私は何も言わず、コンロの火をつけた。
小さな雪平鍋を火にかける。
中で温まっていくのは、少し小ぶりのロールキャベツ。
淡い若草色。
春の葉の色だ。
「はい、おまち。春キャベツのロールキャベツ」
彼女が箸を入れると、ほとんど力もいらず、ふわりと割れた。
中の挽肉は、鶏肉と豆腐。
柔らかい葉が、それをやさしく包んでいる。
「……あ、甘い」
彼女は少し驚いた顔をした。
「春キャベツって、こんな優しかったっけ」
私はグラスを拭きながら言った。
「冬のキャベツはさ」
「自分を守るために、何枚も鎧を着てる」
彼女は黙って聞いている。
「でも春のやつは違う」
「これから芽を出す準備してるから、
最初から、ちょっと心がゆるいんだ」
鍋の湯気が、ふわりと上がる。
「包むのも楽なんだよ。
すぐ言うこと聞いてくれるから」
彼女はスープをすすった。
しばらく黙って食べていたが、ふっと顔を上げた。
「ねえ大将」
「明日さ……あの子に、これ食べさせてから話してみようかな」
少し考えるように言う。
「私が勝手にさ、
あの子に“硬い鎧”着せてただけかもしれないし」
私は肩をすくめた。
「いいんじゃないか」
「春キャベツのロールキャベツはな」
「少しくらい形が崩れてるほうが、
だいたい美味い」
彼女は、少しだけ笑った。
店を出たあと。
カウンターには、春の匂いが少し残っていた。
春キャベツは、
一生懸命「包む」必要はない。
ふわっと寄り添うだけでいい。
そうすると、自然と中身は落ち着く。
私は仕込みのためにキャベツを手に取る。
柔らかい緑の葉を、
一枚ずつ、静かに剥がしていった。
~春キャベツのロールキャベツ~
春キャベツは、外側からやさしく剥がします。
無理に引っ張ると破れるので、根元に軽く切れ目を入れてから、ゆっくり。
塩を少しきかせた湯で、さっと下茹で。
茎の太いところだけ、ほんの少し長めに。
中身は鶏ひき肉と豆腐。
玉ねぎは細かめに刻んで、粘りが出るまで手で混ぜます。
きれいに包もうとしなくていい。
春キャベツは、少しくらい崩れているほうが似合います。
鍋に並べ、静かに煮ること20分ほど。
ぐらぐらさせず、湯気が揺れるくらいの火加減で。
仕上げに胡椒を少し。
あとは、誰かの話を聞きながら食べるだけです。

